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ブラジル・サンパウロの日本人街が変化の波にさらされています

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ここで言われていることは事実だとは思います。日本人街が東洋人街、そして中国人街へと変わっていっている、と。

ただ、個人的な意見としては「変化の波にさらされている」のは、なにもここだけの話でもないわけですし、普遍的な原理原則として、いかに変化の波に対応するのかが重要なわけであって、なにがなんでも過去を「残す」必要があるのか?という疑問は感じますけどね。
必要なもの・価値のあるものは残り、不要なもの・価値の低いものは消えていく。それはある種、当たり前のことかと思ってしまいますが…

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■ブラジル・サンパウロの日本人街が変化の波にさらされています

南米最大の都市、ブラジル・サンパウロには、104年前に日本からブラジルに移り住んだ人たちがつくり上げた日本人街があります。
その街が今、変化の波にさらされています。

ブラジル・サンパウロの中心部、リベルダージ地区。
400を超える日系の商店が軒を連ね、「日本人街」としては、世界最大規模とも言われている。
日本からの移民が初めてブラジルに到着したのは、104年前の1908年。
日本人街は、1970年代には全盛期を迎えた。
ところが最近では、日本の景気後退で、日本の会社が続々とブラジルから撤退、さらに、日系ブラジル人が日本へ出稼ぎに出るようになり、今では、日系の店舗は最盛期の2割しか残っていない。
ブラジル日本文化福祉協会の中島エドアルド剛さんは「この『一力』というレストランですけどね。これは日本語の名前ですけど、オーナーは中国人ですね」と話した。
代わりに台頭したのが、中国人や韓国人。
日本語の名前がつけられた店であっても、オーナーはほとんどが中国人。
2004年には、街の名前も「日本人街」から「東洋人街」に変わった。
しかし、こうした変化の波の中でも、「古きよき」日本の面影は、かろうじて残っている。
ブラジル日本文化福祉協会が毎月開催しているパーティーでは、日系人らが歌謡曲を熱唱し、絆を強めていた。
また最近では、ブラジル人が日系人と結婚することで、日本文化に関心を持つケースも増えてきている。
ブラジル人女性のダニエラさんは、日系の木多アレシャンドレ・ジュンイチさんと結婚。
2人とも日本語ができないが、2人の娘には日本語を勉強させている。
木多アレシャンドレ・ジュンイチさんは「日系人として、日本の言葉、文化を勉強するのは大事なことです」と話した。
今も、150万人の日系人が暮らすブラジル。
日本人街の規模はしぼみつつあるが、「日本の心」は、この国で今も生き続けている。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00225579.html