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土光敏夫(21)ブラジル進出(下) 大統領も列席し定礎式 今や中南米一の造船所に発展

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この当時のブラジル政府の歓迎っぷりはスゴいですね、かなりの高待遇…そして「すべて責任は私が負う」という決断も素敵です^^

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■土光敏夫(21)ブラジル進出(下) 大統領も列席し定礎式 今や中南米一の造船所に発展

 ブラジルの造船所建設について調査を進めているうち、昭和32年(1957年)秋、ブラジル政府は、造船所建設用地として、リオデジャネイロ港内の埋め立て地40万平方メートルを提供すると伝えてきた。これは、東京・豊洲にある石川島第二工場の約2.3倍という広さである。そのうえ、「商船基金法」という法律を制定した。この法律は、ブラジル国内に入る外国船から入港税をとり、これを財源として自国の船主と造船所に低利融資するという、造船、海運振興のための法律である。

 このような法律まで用意して、どうぞおいで下さい、とブラジル政府は言うのである。

 ここに至っては、もはや逡巡(しゅんじゅん)する理由はない。ところが、わが国内では、政情の不安定その他を勘案して、ブラジル進出はリスクが大きすぎ、狂気の沙汰(さた)という意見が多かった。

 私は、それらの反対意見を、「すべて責任は私が負う」として押し切り、33年(1958年)1月8日、ブラジル関係当局と協議し、議定書の調印を行った。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120903/321692/