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ブラジル:性差別的なオリンピック報道

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「男子は女子とは異なるスペースで競技するべきだという考えは、社会的に押し付けられたもの」なるほど。そう言われてみるとそうかも…とも思ってしまいますね。難しい問題ですね。。。

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■ブラジル:性差別的なオリンピック報道

ブラジルでは、このオリンピックによって主要メディアの女子アスリートの扱いに関心が高まっており、大きなイベントについての放送や報道の在り方に異議を問いかける討論の場が市民メディア上で広がりを見せている。

Ativismo de Sofá [pt] というブログは、太りすぎであると言われているオーストラリアの水泳選手を批判しているニュース [pt] について言及している。 そのブログ投稿は、男性ジャーナリストとブラジルの女子サッカーチームのサポーターとの間に勃発したTwitter上の論争を引き合いに出していることとは別に、アスリートのユニフォームを巡る問題にも目を向けている。

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女性がスポーツに参加する役割を軽視することは(性の)対象物として見る過程の一部である。例えば、男子バレーボールチームは女子のチームよりも強いと嫌と言うほど聞いた。あるいは、男子サッカーチームは女性チームより優れているといったことなど。もし女子スポーツが男子スポーツよりも魅力がないのなら、金銭面も含め、結論として何が女子スポーツの存続を可能にしているのであろうか?それは、選手たちの身体である。少なくともこれは、スポーツや超人的能力が競技の花形となる状況において、少なくとも一部のスポーツメディアはそう信じているように思われる。
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また、Jornalismo B [pt]内のブログ記事として、ブラジルのハンドボールチームのゴールキーパーの性的指向がブラジルのジャーナリストにとっての最優先事項となり、その選手の「プレイヤーとしての素晴らしいパフォーマンス」とチームが戦ってきた一連の試合が忘れ去られてしまった経緯について伝えている。

Machismo chato de cada dia [pt]ブログ内のOlimpíadas do Machismo(男らしいオリンピックの意)というタイトルの投稿で、Machismo Chato de Cada Diaは、オリンピック女子代表選手の美貌に注目した報道を「ニュースと呼べないニュース」と分類している。その投稿はこう続く。

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女性も男性も含め私たち全員にとって無礼ことであるが、特に、女子選手には失礼極まりないことである。長い間トレーニングを積み、この大会に自身の国の代表として参加した女子選手が今ではただ単に太りすぎか痩せすぎ、髪型や笑顔、そしてもちろんお尻の形に集約されている。
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Direitos Fundamentais LGBT [pt]というブログは、人権についてさまざまなな視点から議論しており、女性や同性愛者、スポーツの差別問題について詳しく述べている。

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…体育の分野やスポーツでの差別は、文化的慣習に由来する男らしさのイメージ(女性を征服するといったようなもの)を強化しようとする固定観念が積み重ねられたものある。つまり、同性愛や女性らしさはネガティブな意味合いにとられている。
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Pílulas Diárias [pt]というブログは、オリンピックでの女性の存在は男性の権威を脅かすものと述べている。常識を疑問視するためさらなる要素を付け加えて、作者は男子と女子チームを隔てている背景について 語る。

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男子は女子とは異なるスペースで競技するべきだという考えは人間が生まれながらに持っている性質ではなく、それは社会的に押し付けられたものである。常に違うタイプのアスリートがいるということは明白である。しかし、性別が区分けの基準でなければならない理由などない。どうして力強さや体重、敏捷さを考慮しないのであろうか?性別に基づいて線引きをすることは自分勝手なやり方だ。しかしながら、性別は私たちを分断し、お互いを違うものだと感じさせるまた別の手段なのである。
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http://jp.globalvoicesonline.org/2012/09/10/16110/