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「世界は大きな彫刻である」エスパス ルイ・ヴィトン東京でエルネスト・ネト展が開催中


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世界的なブラジル人アーティスト「エルネスト・ネト」の個展が表参道のルイ・ヴィトンで開催中ですよ。首都圏近郊の方、ぜひ足を運ばれてみてはいかがでしょうか^^

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■「世界は大きな彫刻である」エスパス ルイ・ヴィトン東京でエルネスト・ネト展が開催中

 世界的に活躍するブラジル人アーティスト エルネスト・ネトのエキシビション『Madness is part of Life』が、表参道にあるエスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中だ。

 エルネスト・ネトは、1964年ブラジル生まれの現代美術家。伸縮性のある布や、紙、かぎ針編みの紐や香辛料などの、軽く柔らかい素材を用いた有機的な立体作品やインスタレーション作品で知られる、世界的に評価の高い現代を代表する美術家の一人である。

 1988年に最初の個展を開いて以降毎年個展を開催。’90年代には本国のみならずアメリカを中心に諸外国でも作品を発表し、出身地であるリオ・デ・ジャネイロを拠点に活動しながら、多くの展覧会、プロジェクトに参加。2001年開催の第49回ヴェネチア・ビエンナーレでは、メイン会場に「人類の大地」とブラジル・パビリオンに出展、世界的な評価を不動のものとした。日本でもこれまでに東京オペラシティアートギャラリーや丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、TOMIO KOYAMA GALLERYでの個展、川村記念美術館や越後妻有トリエンナーレ、金沢21世紀美術館、豊田市美術館で行われたグループ展などに参加。日本での個展としては2007年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で行われた個展以来5年ぶりとなる本展は、日本でも人気の高いネトの待望のエキシビションである。

 エスパス ルイ・ヴィトン東京での5回目のエキシビションとなる本展は、新たなエキシビションフォーマットであるMentoring young Artists(若手アーティストのメンタリング)にもとづき、ネト自身がキュレーションを手がけた。また、表参道のランドマークでもある建築家 青木淳が設計したルイ・ヴィトン表参道の7階にある8.45メートルの天井高と、ガラス張りの壁面を持つ空間を、ネト自身の作品で再構成・再解釈する。

 エキシビション会場に向かうエレベーターを降り、展示会場に一歩足を踏み入れると、日差しが降り注ぐ、天空に浮かんだかのような、壁面いっぱいのガラス張りの箱のような異空間にまず驚く。その空間を床から天井まで満たすかのように、ネトの作品が大小4点点在する。まず目の前に広がるのが、天井に組まれたやぐらから無数の編み紐で吊り下げられた本エキシビションの中心的作品である『A vida é um corpo do qual fazemos parte(われわれは生という体の一部)』だ。

 オレンジや黄色、グリーンなどの複数の色の糸が無数に交差し編み込まれたポリエステルとポリエチレン製の紐と、プラスチック製の中空のボールとで構成されたこの作品の外観は、宙に浮かび横たわるドラゴンにも、そのカラフルな色により、海底に漂うイソギンチャクのようにもみえなくもない。触れるとゆらゆらと揺れる、柔らかな素材でできたこの巨大な構造物は、ネト自身によって構想され構築されるという点において、ネトが言うところの、「世界は全てが大きな彫刻である」という言葉を体現するような作品となっている。

 その横には、同じカラフルな紐とプラスチックボールとで構成された、軟体動物が連結したような細長いボール状のオブジェが、あたかもそこに座ってくださいと言わんばかりに置かれている。いざなわれるようにその作品に腰掛けてみると、仕込まれた宙空のプラスチックボールのおかげで、ソフトな感触が座り心地のよいベンチ、あるいはスツールのようなオブジェであった。

 これまでもネトは、地球上において宿命的な重力と親和性をもった作品を連続的に発表してきた。今回のような宙空に浮かした巨大彫刻作品はもちろん、重力に対峙するかのように、上下に力がみなぎった列柱作品や、軽やかなで柔らかな素材で身体をつつみこみ、重力にとらわれた存在である人間から重力を解き放つような作品まで、重力とのコラボレーション、あるいは関わりは、ネトの作品において本質的なテーマといえるだろう。

 宙に浮かぶ巨大な回廊のような作品は、鑑賞者が実際に中に入ることができる体験的な展示作品となっている。どこまでも続くようにみえるかぎ針編み紐のトンネルは、精子のメタファーであり、上り坂をたどっていくことで、卵子を表す居住空間にたどり着くという構成になっている。またこのトンネルのなかを、内壁に捕まりながら不安定に歩くことで、この場所で鑑賞者は理性が優先する人間ではなく、野生に従う動物のように一心不乱に歩いている自分に気づく。

 精子と卵子という2つの要素で構成された巨大なインスタレーション作品のなかで、鑑賞者は、宙吊りになった回廊の上を歩き、たどり着いた先で、座ったり、寝転んだりすることができる仕掛けだ。そして、ガラス張りの空間で宙に浮かびくつろぎながら、改めて周囲を見渡すと、ガラス越しに見える東京の景色がいつもと少し違ってみえることに気づく。視点を少し変えるだけで、世界はまた少し変わって見えてくるだろう。そのように、子どものころにした木登りのような感覚を味わうことのできる体験としても楽しい。

 作品のサーフェイスで内と外との関係をつくるときに、ネットや紙、薄いオーガンジーのような布など、透過性のある素材を用いることで、その関係に意識的に問いを投げかけることも、ネトの作品において顕著なことだ。今回の作品もメッシュ状に編みこまれた紐と、その中に緩急材として仕込まれたプラスチックボールとの関係においてもそのコンセプトは踏襲されている。そして、これらの紐が、ネトのブラジルはリオ・デ・ジャネイロにあるスタジオの近くにある、紐工場でつくられていることにも注目したい。ショッピングバッグの把っ手などに使われる紐などを製作する工場でつくられる、これらの紐は、作品の素材として編み上げる際にネト自身によって慎重に色が選択される。

 それを一本の紐に編んだ上で、手芸のかぎ針編みの要領でネット状に編みあげ、それを複数連結している。作品となったネットの複雑な編み目を実際に見ればわかるのだが、これら巨大な作品はネトによるアート作品であると同時に、リオ・デ・ジャネイロの紐職人たちと、それを忍耐強く編み上げる人たちとが力を合わせてつくるアートプロジェクトの様相をもっている。編み目やネットの連結箇所、あるいは連続する構造が連想させる通り、一連の作品は隣り合うもの同士や人同士の相互の関係性の上に成り立っている。そのことをネトは次のような言葉で表現していたのが印象的だった。

「その関係性が新しい彫刻のモデルである。ここにあるすべては関係性を表している。作品はとまっているようにみえるが、そこに人が関わることで動き始める。またこれらの作品は、あるのではなく、いる、ものである」

 ネトの作品がもつミニマルな様相をもちながら、物同士の相互の繋がりによって成り立つ作品はまた、この宇宙を構成する、あらゆる関係性をあらわしている。

 宙に浮かんだ架空の生き物を思わせる、作品のその存在とは裏腹に、海底に生息するイソギンチャクやくらげ、ナマコのたぐいの軟体動物の身体との類似は、生き物の身体の構造を探求的に扱うネトの作品において顕著な様相であるように思う。螺旋状のかぎ針編みでつくられた作品はまた、人間を含む生き物が、無数の細胞から成る存在であることの象徴であり、かぎ針で編まれた紐とプラスチックボールでつくられたチューブの内側は、生き物の体内そのものである。

 本エキシビションのタイトルである『Madness is part of Life』は、現代社会における政治的な正しさや、工業化における巨大な生産性が、この世界の狂気を隠蔽してしまっている状況を指しているという。本当の「正しさ」とはなんなのか、このような社会においてはむしろ「狂気」こそが私たちの中や周囲に宿る情熱そのものかもしれないのではないか、とこれらの作品でネトは現代社会に対して、異議申し立てをする。この社会の「正しさ」といわれるものを批評的に乗り越える手段こそが、ここでいう狂気であり、この空間で我々が体験する動物性である。

 1989年に鉛と紐で制作した『Prumo(下げ振り)』と『Peso(おもり)』を想起させる、と自身で語るところの作品である『TorusMacroCopula(トルスマクロボールト)』は、天井から吊るされた紐群が、宙空で一旦力を集約し、再び地表近くで躍動感のある泉のようなかたちの塊になる、象徴的な作品。そして同じかぎ針編みの伸縮性のあるネットとプラスチックボールを用いた、壁に据え付けられた『Linhas pontos e patas(線、点と脚)』と、『Pedras(石群)』といったインスタレーション作品が会場に並ぶ。

 本展ではネトの作品に加え、エスパス ルイ・ヴィトン東京の新しいエキシビションフォーマットMentoring young Artists(若手アーティストのメンタリング)にもとづいたネトのキュレーションによる、ブラジルの若手アーティストの作品も紹介される。ルイ・ヴィトン表参道 ショップ一階フロア正面での展示となる、彼の弟子でも1973年生まれの新進気鋭のブラジル人ビデオアーティスト、エヴァンドロ・マシャード作の、セミフィクションによるモノクロームのアニメーション作品上映がそれだ。そちらにもぜひ注目していただきたい。

 ここでの「体験」を通じた身体性の獲得は、ネトの母国であるブラジルにおいて根源的なものだ。ブラジルでは人々はサンバミュージックや、カーニバルを通じて、音や場所、自分が帰属するコミュニティと、身体的に一体になる。それと同じように、来場者がこのスペースを訪れ、これらの作品を自由に見てまわり、パブリックスペースに置かれた遊具として作品とたわむれたり、触れ合うことは人間存在の身体性をあらわにすると同時に、さまざまなもの同士をつなぐものとしての「関係性」の存在を示唆する。

 ネトはそれを「身体を通じての関係性の構築」(physically structured in the relation)といっている。現代社会では、オリジナリティや個性、他との差別化をあらわすために、自己を支えるアイデンティティの確立こそが重要であるとしばしば語られる。だが、一人一人の人間が手作業で、一点一点かぎ針編みの手法でつくられたこれらの作品が象徴するように、この社会において、個人のアイデンティティの確立よりも優先するものがあるのではないだろうか。それが身体性を研ぎ澄ますことで得られる他者との関係性ではないのか。

 ネトは文化や性別、社会的地位などのアイデンティティよりも大切なことがあり、人と人との関係性にこそ興味があることを以下のような言葉で表現する。

「この世界を構成しているのはアイデンティティとか、それ以上のものだ。これらの作品が表現するのはアイデンティティを乗り越えて存在する、関係性を示している。西洋の文化は個人個人のアイデンティティをもとに発達してきている。私はそれを私の作品で覆す。アイデンティティがあって、関係性があるのではない。関係性があって、アイデンティティがあるようにしたい。」

 体験的なネトの作品における身体的なエクササイズを通じて、われわれはむしろ「思考」のエクササイズをこそ、うながされていることに気づくだろう。

『Madness is part of Life』
2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)
Open.12:00‐20:00、無休、入場無料
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン 表参道ビル7階
お問い合わせ:tel.03-5766-1094

http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1349245568074/