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【ゲッツ/ジルベルト「イパネマの娘」】 リオ、夏、海、午後の陽光、 酒、美少女、作曲家、詩人…… そして名曲が生み出された


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素敵なボサノヴァのアルバムたちが紹介されております。どれも有名な顔ぶれが並んでおりますが、改めて聴き入ってみるのも良いかもしれませんね^^

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■【ゲッツ/ジルベルト「イパネマの娘」】 リオ、夏、海、午後の陽光、 酒、美少女、作曲家、詩人…… そして名曲が生み出された

 今年の残暑は記録的な厳しさでしたが、秋分の日を越え10月になれば、夏も完全に過ぎ去り、秋の気配が濃厚な今日この頃です。そんな時に聴きたくなるのは(人ぞれぞれで一般化できないのは十分わかっていますが敢えて言えば)、電気をバリバリに使った大音量のロックとか前衛的で芸術的な現代音楽というよりは、肩の凝らない癒しの要素が詰まった音楽です。

 しかも、ちょっと欲張って、単に癒しの音楽というのではなく、静かな中に躍動感があって、明朗な響きの中に一つまみの哀愁が漂う品の良い音楽であれば言うことなしです。

 そんな音楽がありますかね?
はい。ちょうど良いのがボサノバでしょう。

 と、言うわけで、今週の音盤は“イパネマの娘”を収録しているスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの共演アルバム「ゲッツ/ジルベルト」(写真)です。

●世界で2番目に多くカヴァーされている曲

 ボサノバと言えば“イパネマの娘”。“イパネマの娘”と言えばボサノバ。世界で最も有名なボサノバの曲です。しかも、ボサノバという範疇を超えても、間違いなく20世紀が生んだ名曲です。“イパネマの娘”は、世界で2番目に多くカヴァーされている曲として知られています。1番はビートルズの“イエスタデイ”ですが、そのことに関し、作曲者アントニオ・カルロス・ジョビンは「だって、彼ら(ビートルズ)は4人だからね……」と言って笑ったそうです。

 何事によらず、素晴らしい事が起きる瞬間は、実はそんなにドラマチックではなく、ごくありふれた日常の中にあったりします。実は、“イパネマの娘”の場合もそうです。作詞は外交官にして詩人のヴィニシウス・ヂ・モライス。作曲は、アントニオ・カルロス・ジョビン。

 1962年の素晴らしく晴れたリオ・デ・ジャネイロの夏の午後、二人は、コパカパーナ海岸近くのイパネマのバール『ヴェローゾ』でビールを飲んでいました。ヴィニシウスは、プルーストの『失われた時を求めて』を引き合いに出しながら、若い女性について、ジョビンに語っていた時でした。ジョビンは一人の女性が海へて歩いていく姿に見とれます。妙に心がざわめき、そのことをヴィニシウスに言います。二人してその女性に惹かれます。その女性の名はエロイーザ・エネイダ。近所で評判の長身の美少女でした。

 リオ、夏、海、午後の陽光、酒、美少女、作曲家、詩人……。

 何も特別なことではなかったかもしれませんが、二人は強烈なインスピレーションを受けます。結果、出来上がったのが“イパネマの娘”です。

 伝説では、『ヴェローゾ』の店内であっという間に曲が完成した、と言われています。真実は、歌詞も曲も数日かけてブラッシュアップされたようです。が、62年のリオの夏が永遠に刻まれたことに変わりはありません。

●互いの個性がぶつかり録音はスムーズにはいかず

 初演は、62年8月2日、コパカパーナ海岸のナイト・クラブ『オ・ボン・グルメ』です。

 “イパネマの娘”は、ブラジルでも録音されますが、ボサノバへの関心が高まっていた米国で大輪の花を開くことになります。

 上述のとおり“イパネマの娘”は世界に2番目にカヴァーの多い曲ですから星の数ほど録音がありますが、最初期のブラジル録音を別とすれば、今週の音盤「ゲッツ/ジルベルト」こそ、事実上のオリジナル・ヴァージョンです。

 時は1963年3月18日と19日、所はニューヨーク。白人テナーの雄スタン・ゲッツがボサノバに惚れ込み、実現しました。

 収録曲は全てアントニオ・カルロス・ジョビンの作曲。ベースとドラムは地元ニューヨークの演奏家ですが、ピアノはジョビン、ギターとボーカルはジョアン・ジルベルト、そしてボーカルにアストラット・ジルベルト(ジョアンの妻)とブラジル勢が参加しました。

 ゲッツがボサノバに恋焦がれて始まった録音だから、全てがスムーズに行ったかといえば、そうでもないところが人間くさく興味の尽きないところです。

 ゲッツにしてみれば、己のリーダー・アルバムですから、それぞれの楽曲の細かいところにも口を出してきます。しかし、ジルベルトにしてもジョビンにしても、「ゲッツに本当のボサノバの何が分かるのか?」ということで、できるだけ録音の主導権を取ろうとします。ジョアンは英語ができなかったので、リハーサルの時はジョビンが通訳しました。

 ゲッツもジルベルトも激しく自己主張しましたが、間に入ったジョビンが尖った表現を丸くして訳すものだから、どうもちゃんと通じていないんじゃないか、ということになって、ますます険悪になってしまいました。遂に、ジョアンがスタジオに登場しないという事態にまで発展しました。が、最終的には個人的な恩讐を超えるミュージシャンシップのなせる業で無事録音は終わるのです。  

 結果、「ゲッツ/ジルベルト」はビルボード誌のアルバム・チャート2位、グラミー賞受賞と大成功となりました。このアルバムの表向きの主役はゲッツとジルベルトですが、作曲とピアノのジョビンなかりせば成立しません。ジャケットをよく見ると、タイトルの真下に小さな字で”Featuring Antonio Carlos-Jobin” と記してはあるのです。

●そして20世紀の音楽は永遠に変わった

 さて“イパネマの娘”はアルバム冒頭に収録されています。ヴォーカルは1番をジョアンが2番をアストラットが歌っています。間奏部分はスタン・ゲッツの超甘いテナー・サックスによる即興で、やはり正統なジャズという感じです。結局5分22秒のガッツリした演奏です。

 でも、世に一般的に知られている“イパネマの娘”は、シングル盤(何と懐かしい響き、直径17センチで45回転)のヴァージョンです。アストラットの歌を前面に出し、間奏は、主旋律を崩して吹くテナー・サックスと和音弾きのピアノでまとめ、トータル2分46秒です(現在のCDにはボーナス・トラックとしてシングル・ヴァージョンも収録)。それこそ、世界が初めて聴いた南米発の新しい音楽、ボサノバでした。全米で200万枚売れました。

 そして、20世紀の音楽は永遠に変わりました。

 音楽は太古の時代から人類とともにある古い歴史を持っていますが、20世紀の音楽は、その中でも特筆すべきです。何故ならば、20世紀は実に多様な音楽が並存し、それぞれに刺激しあった音楽の世紀だったからです。20世紀の初頭ではベルディが存命でしたし、リヒャルト・ストラウスやストラビンスキーが、20世紀のクラシック音楽を生み出しました。また、20世紀に生まれたジャズはサッチモやデュークが育て、マイルスやコルトレーンが発展させました。ビートルズやストーンズは、ロックを単なる娯楽から芸術の域に発展させました。

 ボサノバもまた20世紀に生まれた新しい音楽で、強靭な伝播力をもって実に様々な音楽領域に影響を与えています。

 サイモン&ガーファンクルの最高傑作「明日に架ける橋」(写真)収録の“フランク・ロイド・ライトに捧げる歌”はポップスが生んだ極上のボサノバです。

 マイケル・フランクスに至っては、その曲想、歌唱法、アレンジにはジャズ・フュージョンの響きの中にボサノバの片鱗がしっかりあります。初期の名作「スリーピング・ジプシー」(写真左)収録の“アントニオの歌”はジョビンへの憧憬が溢れています。ジョビン没後の「アバンダンド・ガーデン」(写真右)はジョビン追悼盤です。

 最近では、マイケル・ジャクソンをカヴァーしたオランダの歌姫トレインチャ「ネヴァー・キャン・セイ・グッドバイ”」(写真左)やレディ・ガガのボサノバ風カヴァー「ボッサ・ガガ」(写真右)など、ボサノバは完全に現代の音楽の主流の一つになりました。

●ジョビンが記した一文からボサノバという用語が一般化

 最後に、アントニオ・カルロス・ジョビンの必聴盤4枚を厳選します。

 ジョアン・ジルベルト名義の「想いあふれて」(写真)。史上初のボサノバ・アルバムで1959年発表。まさにボサノバ創世記の記録です。

 ジョビンが音楽監督を務めて、当時無名のジョアンを世に出しました。囁くように歌うその歌唱と洒落た和音とリズムを刻むギターで、ジョビンの曲に生命を吹き込 みます。そのライナー・ノートにジョビンが記した「バイーア出身の新しい才能(ボサノバ)」という一文から、ボサノバという用語が一般化していったのです。

 「イパネマの娘(原題は The Composer Plays )」(写真)。「ゲッツ/ジルベルト」の半年後にやはりニューヨークで録音されました。“おいしい水”をはじめジョビンの佳曲がまるで宝石箱のように詰まっています。軽快なリズムと上質のオーケストラの伴奏を得て、ジョビンのピアノがまるで歌うように単音弾きで旋律を奏でます。色香が溢れ、ほぼ半世紀前の録音とは思えない新鮮さです。

 「波」(写真)。キリンのジャケットで(知っている人にとっては)あまりにも有名。ボサノバがジャズを食ったかのような印象があります。疾風怒濤の1967年の録音ですが、当時全盛だったフリー・ジャズなどから完全に超然として、美しい旋律と響きを追求している様子が潔い。

 「ジョビン&フレンズ」(写真)。ジョビン晩年の93年9月のサンパウロでの実況録音です。生涯最期のコンサートでグレイテスト・ヒット的な選曲です。共演はハービー・ハンコック、ロン・カーター、ハービー・メイソンはじめ現代ジャズの第一人者たち、敬愛を込めて奏でます。“十字路”では、ブラジルの至宝ガル・コスタが芯が強く良く伸びる最高のボーカルを聴かせます。

「創造は愛の行為です」とは、ジョビンの言葉です。

 紡いだ旋律の数々には、愛が溢れ、心の柔らかい部分を慰撫します。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)

http://diamond.jp/articles/-/26475