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浜松に住むブラジル人が大幅減少


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僕も元浜松市民なので、これはなんとも悲しいニュースですね。ピーク時の19,515人から11,670人へと7,845人の減少。率にして約40%…ここにもあるように、子供は特にかわいそうですよね。。。まぁ状況が状況なのでしょうがないとは思いますが…

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■浜松に住むブラジル人が大幅減少

 【高田誠】日本で最多のブラジル人が住む浜松市で、2008年秋のリーマン・ショック以降、ブラジル人の人口流出が目立つ。働き場所を失ったことが大きい。

 1日現在で同市に住むブラジル人は1万1670人(全人口の約1・4%)。08年1月末のピーク時は1万9515人が登録しており、7845人も減った。

 同市には自動車など輸送用機器産業を始め、多くの工場がある。企業側は人手が足りず、日系のブラジル人たちは「出稼ぎ」を目的に来日した。

 蓄えもでき、家族を呼び寄せ、生活が根付くとそのまま日本で暮らすパターンが多かった。1990年の入国管理法改正で、日系2、3世とその家族には就労制限のない「定住者」の在留資格が認められたことが大きい。

 市によると、90年3月末に1457人だったブラジル人は、5年後には6527人、10年後には1万789人、15年後には1万4377人と急増した。

 しかし、リーマン・ショック以降、企業は東日本大震災や円高などを背景に、人員を削減したり工場を海外移転したりしてきた。雇用形態が不安定なブラジル人らは解雇されたり、雇い止めになったりして失業するケースが増えた。

 働く場が見つからないため、家族とともに帰国する例が増えているという。

 「友だち、いっぱいできたのに……」。浜松市立芳川(ほう・がわ)小2年で、日系ブラジル人4世のイトウユミちゃん(8)は、学校の友だちと鬼ごっこやドッジボールで遊んだことを言いながら目を伏せた。

 母のマユミさん(29)はユミちゃんと次女(5)と長男(1)を育て、両親も加えた6人で同市南区のアパートで暮らす。両親がアルバイトして生活を支えてきたが、マユミさんは子供たちを連れて11月に帰国することを決めた。

 ブラジル育ちのマユミさんは2001年、親を頼って来日。ところが、東日本大震災の影響で、父は勤め先の自動車部品工場をリストラされた。食品加工所で働く母の給料では、ユミちゃんが通うブラジル人学校の毎月の授業料3万円を捻出するのが難しくなった。

 こうした事情を知り、ユミちゃんが日本の学校に通えるよう支えたのが、浜松多文化共生事業実行委員会だった。浜松市の「外国人の子どもの不就学ゼロ作戦」事業を受託している同実行委は、ベトナムで日本語を教えた経験のある女性と、日系ブラジル人女性の就学支援員2人を派遣した。

 「子どもは学校に行きたがっている」「日本の学校について何も分からない」とポルトガル語で訴えるマユミさんに、2人は、公立の学校は授業料が無料であることなどを説明。「日本の子どもとなじめるのか」と不安だったマユミさんを励まし、ユミちゃんは昨年6月に入学した。

 いま、32人の学級で、もう1人の日系ブラジル人の男児とともに学んでいる。日本語や補充学習があるほか、週4日は通訳が来校して支えている。

 マユミさんの父は今年7月、やっと運転手のアルバイトが見つかった。だが将来の不安は消えなかった。

 ユミちゃんは「学校は楽しかった。校長先生も担任の先生もみんな泣いてくれた」。マユミさんは「日本に残りたかったので残念。親切にしてもらって感謝しています」と言った。

 同実行委の小木野東事務長は「日本の学校で過ごした思い出を忘れず、大人になったら両国の交流のために尽くしてくれるとうれしい」と話していた。

http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000001210270001