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「私たちは関係性のなかで生きている」エルネスト・ネト インタビュー


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現座、表参道のルイヴィトンで個展が開催されているエルネスト・ネトのロングインタビューです。これを読んで興味を抱かれた方は足を運ばれてみてはいかがですか?素敵そうですよ^^

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■「私たちは関係性のなかで生きている」エルネスト・ネト インタビュー

 現在、表参道にあるエスパス ルイ・ヴィトン東京で行なわれている現代ブラジルを代表する美術家 エルネスト・ネトのエキシビション『Madness is part of Life』(開催中〜2013年1月6日まで)。

 すでにこの巨大な彫刻を体験した方も多いと思うが、今回は前回のエキシビションレポートに続き、その彫刻作品の「聖堂」で行われた、エルネスト・ネトとの対話をお届けする。身振り手ぶりを交え丁寧に言葉を選びながら、ときに作品の眼下にひろがる東京の景色に遠く視線をはせ語るネト。その言葉から、自身の彫刻作品、そして生まれ故郷であるリオへの思いや願いのようなものを垣間見ることができるインタビューとなった。

―まず、今回の作品のコンセプトから教えてください。

30年前に彫刻をはじめてから自分のコンセプトを守り続けていることが、私自身のコンセプトであるといえます。私がコンセプトというときには、まず彫刻がベースにあります。それは大理石であったり銅であったり、そのかたまりを社会にどのように差し出すことができるのか、それが私がつねに考えていることです。

それと私の彫刻は身体にたとえられることがありますが、物体を考えるときに、目や鼻などのパーツから考えるのではなく、もっと根源的な細胞やDNAなどミクロな世界から私は考えはじめます。私が物体というとき、それは肉体のことなのですが、もちろんこれらの展示を人々が体験するときに、ここがこの物体の足であり手、あるいは胴だとか、それを人間や動物の肉体に置き換えて考えることもできます。人はこの彫刻のなかに入ってきて、人間の肉体とはなんなのか、内臓とはなんなのか、あるいは自分の肉体だけではなく、他の人、動物たち、生き物たちの肉体とはなんなのか、そして地球という物体は何なのか、と考えるきっかけになればと思います。

根源的な話ですが、そのどこに意味を見つけるのかというと、私の場合は「関係性」というところに意味を見いだします。私たちが生きているというときに、それは関係性の中で生きているわけです。この作品であればこの紐とボール、そしてこの彫刻が置かれたスペースです。そのすべての関係は、この空間を覆い尽くす重力や密度でつくりあげられているものです。

―なるほど。毎回タイトルが印象的なのですが、今回のタイトルにこめた意味を教えてください。

それは、私がこの彫刻をつくったときにマッド(=狂気)だったからです(笑)。現在の社会はすべてコントロールされていて、そのコントロールされたシステムのなかにわれわれは生きているわけです。そこでは私たちのなかにある狂気は巧妙に覆い隠されています。私は生きることについて、もっと実感したいといつも思っています。生きることを考えるときに、そこには生と同じように死があるわけですが、私にとっての死は、生きることの結果にすぎません。では、生きることとは何なのかというと、それは個人個人の生を生きることと同時に、自然全体として生きることです。私たちが生きるというとき、この世のなかの生、そのすべてのなかに私たちは生きているのです。それを人は人生というでしょう。私はそのような生を作品で扱っています。

私たちの身体は、60から80兆のDNAの細胞で構成されていますが、それを超す100兆以上のバクテリアが同時に私たちの体内や表皮に存在しています。人間とは、自らを構成する細胞と、その莫大な数のバクテリアとの有機的共同体でもあります。したがって、私たちの身体はミクロのレベルでは大きな物体で、広大な風景であり、それ自体がひとつの宇宙でもあるといえるのです。

今回展示される彫刻というのは、そのような人間の身体と同じように、いわばミクロの世界をマクロに拡大したものです。具体的にはこれは、精子と卵子という、男性的、女性的なものを象徴するふたつのパートが交ざり合ってできたものなのです。

―ネトさんの作品は巨大なものが多く、それが置かれる空間とのコラボレーション作品ともいえると思いますが、今回のエキシビション会場となったエスパス ルイ・ヴィトン東京の空間とのコラボレーションはいかがでしたか?

今回の展示のお話をいただき、世界的な建築家である青木淳さんが設計したルイ・ヴィトンのこのスペースについて、詳しく教えていただいたときに、私の頭の中には「ぶら下がる」というテーマがすぐに浮かびました。このスペースは地上7階にあって、周囲をガラスに囲まれた空間でしたので、そのテーマで彫刻をつくったらぴったりなのではないかと思いました。

―それでは作品に使われている素材について教えてください。これまでも布や紙、木や石など、さまざまな素材を用い、彫刻をつくってこられましたが、今回の作品では作品を構成する紐や、重量を支える編み上げの技術と精度が素晴らしいと思いました。

まず、この彫刻を構成している紐の素材についてですが、単色のポリプロピレンと、二つの色のポリエステルでつくられています。それ自体でとても強度のある素材で、私たちが試行錯誤して編み出した方法で編み上げることでより強度をましています。それと色ですが、私にとって色はとても重要で、今回の彫刻を制作するにあたり、色の異なる100以上の紐のサンプルをそれぞれ10メートルつくり、そこから私が彫刻に使う色を選んでいます。その紐にくわえ、クッションの役目もはたすプラスチックのボールでこの彫刻作品は構成されています。

この彫刻を構成するうえで一番重要だったのは、それらの紐の編み方です。かぎ針編みの技法を使ってたくさんのわっかをつくっていき、それをひとつひとつ繋いでいくのですが、それはものすごい強度をもった編み方でして、その技術はすべて私たちのアトリエで独自に考えだしたものです。それはすべて手作業で、これをつくるときに私たちが使う唯一の道具は、ハサミとライターです(笑)。

-膨大な手作業であることが想像できます。それらの素材との出合いを教えてください

たとえばこの紐の場合ですと、私たちのアトリエのすぐ近くにある昔ながらの紐工場でした。この工場との付き合いは、1987年以来になりますから、もうとても長い付き合いをしている紐工場なのですが、私にとって身近にあったということがとても重要でした。

―エルネストさんの作品のインスピレーションについて教えてください。宇宙という広大なものと人間存在、ミクロとマクロ、オモテとウラなど、ネトさんの作品には背中あわせの存在同士の共存を感じるのですが、そこに秘められた意味やメッセージはありますか?

その一見相反するものを私は「テンション」といっているのですが、あなたがおっしゃり通りその両方の極端性はつねに私のなかでは共存するものです。力があるものと繊細なもの、大きなものと小さなもの。それはつねに同時にあるものだと思っています。全体をみればとても大きなものですが、ひとつひとつの小さなディテールがそれを構成しています。小さなもの組み合わせで大きなものが構成されているということが、とても面白いと思っています。

―ネトさんの作品の、小さなものがたくさん集まって構成されているさまは、身体という小さなものや宇宙のような巨大なものを構成しているものを連想させると同時に、人が集まって暮らす家や、その家が集まってできる街、そして都市そのものを想像させます。それはもしかしたら、現代社会において都市化や工業化によって失われつつある「共同体」のイメージのメタファーであり、作品を通じてそれを再構築しようとしているのかな、と思ったのですがいかがですか?

おっしゃる通りかもしれませんね。それは逆説的に現代社会の個人主義ということに問いを投げかけることでもあるかもしれません。ただ、私が彫刻をつくる際に、そのようなことは意識していませんでした。なぜならブラジルに関しては、特にリオには、海岸地区やファベーラ(コムニティ)など、裕福ではありませんが、「コミュニティ」というものが、いまもいきいきと存在しているという状況があるからです。逆に私の方からあなたに質問なのですが、ブラジルより都市化や工業化が進んでいる日本ではコミュニティというものは失われつつあるのでしょうか?

―特に経済圏の中心となる都市部などで顕著なのですが、工業化が進み経済成長する過程で、土地の価格が高騰することで、昔からその場所に住んでいた人たちはそこに住みにくくなっている状況はあります。コミュニティの崩壊には経済成長にともなう国の住宅政策も大きく影響しています。昔ながらの地域のコミュニティは、都市部ではとくに失われていく傾向にあるのは事実だと思います。

同じような問題はいずれブラジルでも起きるでしょうね。あるいは、すでに起こっているともいえます。私がよく知っているリオの場合は特別な地域かもしれませんが、都市化が進んだといっても、海岸や森林などまだまだ豊かな自然が残っています。現代社会は物の豊かさをもたらしましたが、そんな社会ではむしろ人間は孤立し、すこし利己主義的にもなるかもしれません。と同時にグローバリズムによってすべてが同じでなければいけない、という強迫観念も人々のなかにあるでしょう。ですが、私が暮らしているリオ(=カリオカ)などでは、これからもコミュニティというものを残していけるのではないか、という希望のようなものもあります。

ですが、あなたがおっしゃるように、彫刻をつくる際に「コミュニティ」という意識は、あなたがおっしゃったのとは違う意味かもしれませんが、つねに私はもっています。お祭り、カーニバル、私の彫刻とそれを見てくれる人、そしてカリオカたち。私はそのすべてとの「繋がり」というものを大切にしています。あなたの目の前にある彫刻を構成する紐をつくっている工場は、私のアトリエのすぐ近くにあって、それは看板もないようなとても庶民的な工場なのですが、普段はショッピングバッグのもち手の紐をつくって生計をたてているような小さな工場なんです。その工場の二階でこの彫刻に使う紐を編んでいるのですが、もしこの工場が私のアトリエのすぐ近くになかったら、この彫刻のアイデアも生まれなかったでしょう。その意味ではリオという街がもともともっているコミュニティが、私の作品を構成しているといえるかもしれません。

―ブラジルのオスカー・ニーマイヤーの建築のように、エルネストさんの作品には、ニーマイヤーの建築のようなスケールの大きさと、普遍的なものに通じる宇宙的なインスピレーションを感じます。

建築についてはあまり詳しく勉強はしていないのですが、ブラジルの都市であるブラジリアをつくったときのニーマイヤーのカーブ性や、地上から宙にむかって広がっていくスペースをオーガニックに使うアイデアは、私の彫刻にも共通する点だと思います。たとえば紐を天井から引っ張り上げてテンションをかけると、自然なカーブが生まれますが、ニーマイヤーの作品にもそのようなカーブをみることができますね。そのような点などに共通点をみることができると思います。そしてニーマイヤーは劇場や公園、あるいは議会などを手がけていますから、そのソーシャルなスタンスはとても似ているところかもしれませんね。

―なぜそれをお聞きしたかというと、日本は工業国になる以前はもともと農業国で、一部の人をのぞいてほとんどの人は地面に這いつくばるように、土とともに生きてきたところがあるのですが、ネトさんの作品には土地への執着よりも、地面から離れていくような志向を感じたからです。

それはブラジルも同じかもしれませんね。私の作品には、鉛を床に置くという作品があるのですが、地面に跪きながら彫刻をつくっているときに、私は農夫みたいだと思った感覚をいまも憶えています。ですが少し違うのは、私が「吊り下げる」ことや、テンションに関する彫刻をつくるとき感じるのは、土地が上がっていったという感覚です。今回の彫刻も地面に着地しそうな「入口」から、宙を歩きながら、いま私たちが寛いで対話をしている、聖堂とも宇宙船ともいえるこのスペースに人びとは向かっていくわけですが、私はむしろ地に足のついた土地があるからこそ、ここへ人びとを導くことができる、思っているのです。

―もうひとつうかがってもよいですか。ネトさんの作品には身体的なものと同時に、崇高で神聖なもの、神話的なモチーフも感じるのですが、人間が築いてきた文化や、時間を超越したものへの興味はありますか?

人間は考える能力をもっています。身の回りの日々の出来事に思いを巡らすと同時に、世界や宇宙など、手に届き難いものに思いを巡らすことはとても重要です。それがミクロとマクロに同じように思いを馳せることでもあるでしょう。それが崇高なものや神聖なものへの志向も同時にもたらすのだと思います。ただ、これは私の考えですが、人間は私たちの社会が人間的なものといっているものよりももっと本質的な、動物的な感覚こそが重要なのではないかと思うのです。人間はあまりにも知性を使い過ぎて、社会がどのようにものを見ているのかといったことに執着しすぎているように私は思うのです。存在の一番深いところというのは、宇宙のような遠くではなく、私たちが想像する以上に、私たちの身近にあると私は思っています。

―私たちもこの彫刻を体験することで動物的な感覚を呼び覚まされたように思いました。来場される皆さんにメッセージをお願いします。

自分の身体性を大切にしてください。そしてその身体を通して、あなたの感覚をとぎ澄ましてください。答えは自分のなかにあります。自分のなかにそれを探してください。あなたが探し求めている美しさや美というものは自分のなかにあります。あなたの匂い、あなたが発するもののすべてがあなたの美であります。自分を愛してください、人生を愛してください。小さいところにも目をむけてください。そこにこそ本当のあなたがあらわれています。それを大切にしてください。

この彫刻は、私の身体のなかから生まれてきたものですが、実際の彫刻をつくった多くの人々の思いから生まれたものでもあります。これをつくり上げたのは多くの人々の指です。これを作り上げたのは、多くの集中力と、多くの時間です。私たちはその多くの人々の指にぶら下がっていることを忘れないでください。

エルネスト・ネト(Ernesto Neto)
1964年 ブラジル リオデジャネイロ生まれ。リオにあるパルケ・ラージ視覚芸術学校、リオデジャネイロ近代美術館で学ぶ。1988年  Petit Galerieで初の個展を行なって以降、1992年にサンパウロ近代美術館、1994年サンパウロのGaleria Camargo Vilacaなどで毎年個展を開催。1996年にシカゴのZolla-Lieberman Galleryで開催した個展をきっかけに、世界的なギャラリーや美術館で作品が展示されるようになる。2001年にはブラジルを代表して第49回ヴェネツィア・ビエンナーレのメイン会場「人類の大地」とブラジル・パビリオンに出展。現在作品は世界中の美術館やアート・センターに収蔵されている。

『Madness is part of Life』
2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)
Open.12:00‐20:00、無休、入場無料
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン 表参道ビル7階
お問い合わせ:tel.03-5766-1094

取材/加藤孝司 撮影/永留新野

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