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チェルシーとコリンチャンス、過去唯一の対戦は83年前


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ほう、この豆知識は僕も知りませんでした。83年前に対戦した事があったんですねー。当時はチェルシーが船でブラジルまで来たそうです、スゴい時代ですね。そして試合結果は4対4の引き分けだったと。さて、83年振りの対戦、どんな試合になるでしょうか。4対4から延長戦、そしてPK戦となったら、観客としては見応えあって嬉しいですね^^

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■チェルシーとコリンチャンス、過去唯一の対戦は83年前

コリンチャンスとチェルシーは、日曜日に横浜でFIFAクラブ・ワールドカップ(W杯)の決勝を戦う。それぞれリベルタドーレス杯と欧州チャンピオンズリーグを初制覇したチームだが、両者は過去に一度だけ、83年前に対戦したことがある。コリンチャンスのライバルチーム、パルメイラスの本拠地パレストラ・イタリアで開催された親善試合だった。

2部リーグでの5年目となるシーズンを開始する前に、チェルシーは「アストゥリアス」号での長い船旅へと旅立った。当事のヨーロッパのクラブにとっては人気の高い行き先だった南米でのプレシーズントレーニングのためだ。

ブラジルのサントス港に到着したチェルシーだが、まずはアルゼンチン国内を遠征。アルゼンチンとウルグアイを回り、ペニャロールなどとの試合で好成績を収めたあと、ようやく彼らはブラジルに戻ってきた。

最初の目的地はリオデジャネイロ。ここでは2試合が行われた。リオの選手たちによる選抜チームとの対戦は、チェルシーの1引き分け1敗という結果に終わった。

コリンチャンスとの試合が行われたのは1929年7月4日。奇しくもこの日は、83年後にコリンチャンスがボカ・ジュニオルスに2-0の勝利を収め、クラブ史上初のリベルタドーレス杯制覇を成し遂げた日と同日であった。

現在とは異なり、チェルシーはそれほど名の知れたチームではなく、ワールドクラスのチームを揃える資金を提供してくれるロマン・アブラモビッチもまだ存在しなかった。満員のパレストラ・イタリアで行われたコリンチャンスとの試合では計8ゴールが生まれたが、彼らのプレー内容は試合を取材した記者たちからの批判を逃れることはできなかった。

チェルシーは早い時間にウィリー・ジャクソンのゴールで先制し、アンディ・ウィルソン、シドニー・エリオットがゴールを加えて3-0とする。コリンチャンスもガンビーニャの2得点とグラネのゴールで前半のうちに同点に追いついた。後半にはデ・マリアが決めてコリンチャンスが4-3と逆転したが、エリオットが再びネットを揺らし、最終スコアは4-4の引き分けに終わった。

試合の翌日には、サンパウロの主要紙が試合への強い批判を展開した。例えば『フォーリャ・ダ・マニャン』紙は、GKサム・ミリントンとFWシドニー・エリオットを除くチェルシーのチーム全員を批判している。

「チェルシーはまったくドリブルをせず、ろくにボールをパスできない選手もいた。MFはプレーがあいまいで、必要最低限のプレーしかしない。守備面では、強力なGKがいることは注目に値する。CBは時間を稼ぐためにボールをクリアするばかりで、前に走って相手をオフサイドにかけようとする悪い癖もある。攻撃陣で褒められる選手がいるとすればエリオットだろう。必死のプレーで攻撃を引っ張る選手だ。称賛に値する選手は彼とGKしかいない。それ以外に面白い点は、プロである彼らのボールの蹴り方だ。彼らのようなつま先でのキックは、ゴールがすぐ近くにある場合など、特別なケースを除いてはお勧めできない」

チェルシーはこの南米遠征で16試合を戦い、5勝3引き分け8敗という成績で帰国の途に就いた。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/headlines/20121216-00000017-goal-socc.html